過去に熔ける熱
ある晴れた日のことだった。
「別れよう」
あなたが突然そう言った。
その瞬間私の立っている場所に突然ぽっかりと穴が空いた様な感覚に陥る。
どこか深い谷底へ突き落とされたような
そんな浮遊感が全身を襲う。
「...どうして?」
ちゃんと言葉に出来ていただろうか
震えた声で絞り出すように
そう尋ねた。
「...ごめん他に好きな人が出来たんだ」
──好きな人が出来た。
え?
なんで?
好きな人?
私は?
突然の事でゴチャゴチャになった頭の中で走馬灯のように彼女の思考はかけ巡る。
「君のことは今でも──嫌いじゃないよ」
思っていることが顔にでも出ていたのだろうか。
彼は私の頭の中の疑問にそう答える。
「...じゃあどうして?」
それは至極最もな質問であったのだろう。
しかし同時に彼を最も困らせる質問でもあった。
「...」
少し俯いた彼は無言でそれに答える。
それからしばらくお互いの沈黙が続くと
「...ごめん」
ぽつりと
彼はそう口にした。
『ごめん』
──たった3文字の言葉。
そのたった3文字の言葉で。
──今までの関係が全て終わる言葉。
そんな言葉が今の私をより惨めな気持ちにする。
「そっか...そうなんだ」
そう呟いた後、私の足は彼の方向とは逆に動き出していた。
限界だった。
張り詰めていた糸が切れたような
そんな感覚。
何もかもが嫌になった。
──私だって本当は理解している。
人を好きになる理由にどうして?なんて理由を聞くのはあまりにも無粋なことなのだと。
──それでも
(納得なんて出来るわけ...っ)
溢れそうになる涙に脇目も振らず彼女は走り続けた。
馬鹿みたいだ。同じ気持ちだと思っていたのに今日までそう思っていたのは結局私だけなのだから
もうなんだっていい。
今よりもどこか遠い場所に行きたい。
そう思い私は一心不乱に駆け出していた。
時折瞬きをすると雫が頬を伝い零れ落ちる
それも彼女の熱くなった瞼を冷ますにはあまりにも頼り足りない。
──それからどれくらい経ったのだろう。
息も絶え絶えになりみっともなく嗚咽を漏らしながら彼女は思い出す。
もう何も考えたくない。
それでも思考から逃れることは出来ず。
何が正解なのだろうか。
いっそ彼を嫌いになれたらどれだけ幸せなのだろうか。
でも例えそれが正しいのだとしても
それでも私は
あなたのことを嫌いになることで
あなたの罪悪感が少しでも薄れるのならば
あるいは
あなたの気持ちが少しでも救われるとするのならば
──私はずっとあなたのことが好きなままなのでしょうね。
空には少し冷たい雲が差し掛かっていた。