だから夏は...

ジリジリとした日差しが照る高校2年の夏

 

教室の空いた窓から聞こえる蝉の声と目眩がしそうな程のそれに僕は参っていた。

 

「溶ける...」

 

僅かにカーテンが揺れる程度のそよ風は意味もなさず。

僕は机に突っ伏しながらうだるような暑さに為す術もなく項垂れながら呟いた。

 

「これだから夏は嫌いなんだ...」

 

暑いのが苦手な僕にとって1番嫌いな季節である夏。それに対してどうなる訳でもないのについ恨み言を吐いてしまうのは毎年の恒例行事だ。

 

 

「夏希って名前なのにね」

 

​───ふと隣の席から

僕の独り言にそう返す彼女

 

「...あんまり関係ないだろ。っていうか何回目だよこのやり取り」

「知らないわ。一々数えていないもの」

「そりゃそうだ」

 

この返しですらそれこそ何回目になるか分からない。

そんなやり取りを隣の席の彼女​​─────佐伯彩夏とする。

 

腰くらいある長い黒髪にやや切れ長の目。可愛いというよりは美人寄りの顔立ち。

美人過ぎる学校のマドンナって訳では無いがある程度整った顔立ちである彼女を好む男子は少なく無い。 

 

そんな佐伯彩夏(僕は佐伯さんと呼んでいる)の隣の席の僕が夏希。

 

夏に希望の希でなつき。

(こんな名前だけど僕からすれば何が夏に希望だよって感じだけどね。その夏に絶賛絶望的な気分だってのにまったく)

 

 

​因みにだけど苗字は佐藤

 

苗字と名前で佐藤夏希

 

 

ありきたりな苗字に男でも女でも付けられそうな名前。だから女に生まれていても夏希という名前だったのかと言われればそんな事は無く両親曰くその時は菜月という名前にしたそうだ。

(まぁ確かにそっちの方が女の子っぽい気がする。)

 

 

​「でも私は好きよ、夏」

 

彼女は暑さに項垂れた僕を横目にそう呟く

 

「...へぇ。なら良かったじゃん好きな季節が名前に入ってて」

 

​──────僕と違ってね

つい自嘲気味にそんな事を思う

 

「まぁ他の季節が特別好きなわけじゃないだけなんだけどね」

 

季節自体にそこまで思い入れが無いのだろう。興味なさげに彼女は言う

 

「えぇ...消去法かよ。そんなんで好きな季節に選ばれる夏の気持ちにもなってみなよ...可哀想だろ?」

「その夏のことを真っ向から嫌いと言っていた人とは到底思えない発言ね」

 

僕にジト目を向けながら軽くため息をつく

 

「...いやぁ佐伯さんは揚げ足をとるのが上手だなぁ」

 

困ったら取り敢えず褒めておくのは僕の常套手段だ。大体コレでどうにかなる。今までの経験上間違いない。

 

「そういう夏希くんは足を揚げるのが上手で羨ましいわ」

 

どうにもならなかった。

 

というかめちゃくちゃ皮肉で返された。

 

「...そりゃまたどうも」

 

諦めたように軽く手を上げながら僕は降参の合図をする

 

 

​瞬間、それが合図かの様に授業の終わりを報せるチャイムが鳴る。

 

 

『じゃあ今日はここまで、小テスト用のプリントを配っておくから明日までに各自しっかりやってくるように』

 

そう言うと先生は教室から出ていった。

 

 

「はぁ...また小テストか。歴史は暗記すんのが面倒くさいから嫌なんだよな」

「そうは言うけどあなた毎回結構高得点取るじゃない」

 

佐伯さんは少し意外そうにする

 

「いやぁ面倒くさいもんは面倒くさいんだよ。それに出来ることが好きな事とは限らないだろ?」

「そうかしら?私は出来る事は大抵好きよ。努力せずに出来ることなら尚更ね。」

 

割と真面目で努力家なイメージがあっただけに僕にとってこの発言は少し意外だった

 

「それじゃ好きな事が沢山ありそうで羨ましい限りだね。僕とは正反対だ」

「ふふっ。正反対だなんて私達気が合わなそうね」

 

いやまぁ合わない部類かもしれないけどなんか嬉しそうに言われると流石の僕も少し傷つく...

 

 

「佐伯さんは本当冷たいなぁ...彩夏って名前よりも彩冬(さとう)って名前の方が似合うんじゃない?」

 

僕の素晴らしいネーミングに佐伯さんは嫌そうな顔をする

 

「ネーミングセンスの欠片も無いし自分と同じ名前を提案してくるなんて本当寒気がするわね。神経を疑うわ夏希くん。」

「僕のメンタルが弱かったらそこの窓から飛び降りてるよ?」

 

結構高いし簡単に死ねる気がする。絶好の飛び降りスポットがこんな身近にあったなんてね!

 

そうやって僕が学校の怪談の1つになるべきか悩んでいたら可笑しそうにまた佐伯さんは笑った。

 

「ふふっ、流石に冗談よ夏希くん。次は第二教室だから早く移動しちゃいましょう。」

「佐伯さんのは冗談に聞こえないんだよ...っていうかどっからが冗談なんだよ」

 

「さぁてどっからかしらね?」

 

そうやって少しイタズラっぽく笑う彼女は

 

 

​───────嫌になるほど魅力的だった。